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名古屋地方裁判所 昭和59年(ワ)616号 判決

原告

辻恵子

ほか二名

被告

高須孝夫

主文

一  被告は、原告に対し、金一四三万八〇一五円及びこれに対する昭和五七年一月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分しその一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金七九一万円及びこれに対する昭和五七年一月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

被告は、昭和五七年一月二〇日午後〇時五〇分ころ愛知県豊明市前後町鎌ケ須一七九一番地一二先市道上を被告保有の自動車(三河五七ま五二六の普通乗用自動車、以下被告車という。)を運転し走行中、右路上にいた原告に気づかず、被告車を原告に衝突させ、さらに同車の下部で原告を轢いた(以下「本件事故」という。)。

2  原告の傷害及び治療の経過

原告は本件事故により、頭部外傷、顔面挫創、左上眼瞼切創、下顎切創、右第Ⅲ指挫創、右上腕骨骨折、A外傷性Per(歯神経切断)の傷害を受け、昭和五七年一月二〇日から同年二月八日までの二〇日間、同月一六日から同月二三日までの八日間及び昭和五八年五月三一日から同年六月一〇日までの一一日間、通算三九日間入院し、昭和五七年二月二四日から同五八年五月三〇日までの間及び同五八年六月一一日から同五九年一月二五日までの間(実通院二二日間)通院し、そのほか昭和五七年二月九日から同月一五日までの間七日間自宅看護を受け、治療を受けた。原告の症状は昭和五八年六月一〇日に固定し(ただしその後も右のとおり通院している。)、後遺障害として

(一)(1) 額左側に約六センチメートル長の、顎に約四センチメートル長の、頭頂部に約六センチメートル長の各線状搬痕

(2) 左目尻部分の搬痕

(二) 左大腿部に約七センチメートルの線状搬痕及び直径一・五センチメートルの円状搬痕

(三) 右中指末関節の屈伸不能及び同部位に線状搬痕指爪変形がそれぞれ残り、以上は併合して自賠法施行令第二条別表後遺障害等級表の第一二級一四号を下まわることはない(ちなみに右(三)の後遺障害は同表第一四級八号に該当する。)。

なお、症状固定時である昭和五八年六月一〇日、原告は五歳(昭和五二年九月一二日生)であつた。

3  責任原因

被告は本件事故の当時被告車を自己のために運行の用に供していたもので、自賠法第三条により原告の損害を賠償する義務がある。

4  損害 合計金一一三六万三二〇六円

(一) 治療関係費

(1) 治療費 金一一五万五四三六円

(2) 付添看護費用 金二三万九〇〇〇円

原告は、事故当時四歳であり、入院(自宅看護を含む)及び通院に際して付添看護が必要であつた。右費用は入院一日当り金四〇〇〇円が、通院一日当り金二五〇〇円が相当である。

(4000円×46日)+(2500円×22日)=23万9000円

(3) 入院雑費 金四万六〇〇〇円

一日金一〇〇〇円の割合で四六日分合計四万六〇〇〇円である。

(4) 通院交通費 金二万二七七〇円

(内訳)病院駐車場 六六〇〇円

タクシー 八六七〇円

バス 七五〇〇円

(二) 逸失利益 金四〇〇万円

原告は右後遺障害による労働能力の喪失により左記のとおり金五三四万四七七三円の逸失利益を生じさせられ被告に対して、内金四〇〇万円の支払いを求める。

17万6500円(賃金センサス中産業企業規模学歴計の女子全年齢平均)×12×18.025(新ホフマン係数)×0.14(労働能力喪失率)=534万4773円

(三) 慰謝料

(1) 入・通院慰謝料 金一〇〇万円

(2) 後遺症慰謝料 金四六〇万円

(四) 弁護士費用

金三〇万円

5  結論

よつて原告は被告に対し右4の損害金合計金一一三六万三二〇六円の内金七九一万円及びこれに対する本件の事故発生の日である昭和五七年一月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、原告主張の日時場所において被告が被告車を運転中原告と接触して負傷させた事実は認めるが、その余の事故態様については否認する。

2  請求原因2の事実中症状固定時を昭和五八年六月一〇日とすることは否認し、その余は不知。症状固定時は昭和五七年四月二一日である。仮に、原告主張の昭和五八年六月一〇日が症状固定時であつても同日以降の治療費は症状固定後のものであるから被告に支払義務はない。

3  請求原因3は認める。

4  請求原因4は争う。

三  抗弁

1  過失相殺

本件事故は、被告が被告車を運転し時速二〇キロメートルの速度で走行中原告が駐車中の車の後の樹木の垣根の陰からいきなり飛び出したため発生したものである。

2  内払い(損害の填補)

被告は、原告に対して、本件事故による損害の填補として、左記の内訳のとおり、合計金三四四万二〇七〇円の支払いをなした。

(一) 治療費 金一〇五万二〇七〇円

(二) 入院諸雑費・付添費等として 金三〇万円

(三) 自賠責保険金より被害者請求により 金二〇九万円

四  抗弁に対する認否

抗弁1は争う。同2の事実は認める。

第三証拠

本件記録中、証拠関係目録の記載と同一であるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実のうち、被告が昭和五七年一月二〇日午後〇時五〇分ころ愛知県豊明市前後町鎌ケ須一七九一番地一二先市道上において、被告車を運転中原告に接触し負傷させたこと被告は本件事故の当時被告車を自己の運行の用に供していたことは当事者間に争いがないから、被告は原告の右受傷によつて生じた損害を賠償する義務がある。

二  よつて以下原告の損害について検討するに、いずれも成立に争いのない甲第一六、第一八、第二〇号証、原告法定代理人辻征夫本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一五号証、同人の供述により原本が存在し、その原本が真正に成立したと認められる甲第五号証、同人の撮影の写真であることに当事者間に争いがなく同人の供述により原告主張の日時に撮影したものと認められる甲第一七号証、いずれも弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認められる甲第六ないし第九号証、同第一三号証の一、二、同第一四号証、原本が存在しその原本が真正に成立したと認められる甲第一ないし第四号証、前記辻征夫の供述及び弁論の全趣旨を総合すれば、請求原因2記載のとおりの傷害を受け、入通院し治療を受けたが、原告の症状は昭和五八年六月一〇日(当時五歳)に固定し、原告主張のような傷痕等が残つたことが認められ、右傷痕等は自賠法施行令別表第一二級一四号に該当する女子の外貌に醜状を残す後遺障害と認めることができ、右認定を左右する証拠はない。(なお、甲第一〇号証には、被告主張の昭和五七年四月二一日を症状固定日とする記載があるが、前記甲第五号証、第一六号証及び前記辻征夫の供述によれば、原告はその後左外角部瘢痕拘縮につき再手術を受け少くとも昭和五八年六月一〇日まで治療を要した事実が認められる点に照らし措信しない。)

1  治療関係費 合計金一三六万四八〇六円

(一)  治療費 金一一五万五四三六円

当事者間に真正な成立につき争いのない甲第一八号証、第一九号証の一ないし二三、いずれも弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認められる甲第六ないし第九号証、第一三号証の二、第一四号証によれば、本件事故による原告の治療費は合計金一一五万五四三六円であることが認められ、これに反する証拠はない。

(二)  付添看護費用 一四万七六〇〇円

前記甲第一五号証、弁論の全趣旨によれば真正に成立したと認められる甲第四号証及び前記辻征夫の供述並びに前認定の原告の年齢、受傷の部位程度を総合すれば、原告の入院期間のうち二八日間、通院期間の二二日間、自宅看護期間の七日間はいずれも近親者の付添看護を要したと認められ、右入院の付添費用については一日金三二〇〇円の割合により金八万九六〇〇円、右通院及び自宅看護の付添費用については一日金二〇〇〇円の割合により金五万八〇〇〇円を要したと認めるのを相当とする。

(三)  入院雑費 金三万九〇〇〇円

原告は前記二認定のとおり通算三九日間入院していた間諸雑費として一日金一〇〇〇円の割合により右期間中合計金三万九〇〇〇円の入院雑費を要したと認めるのが相当である。

(四)  通院交通費 金二万二七七〇円

前記辻征夫の供述によつて真正に成立したと認められる甲第一一号証、弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認められる甲第一二号証の一ないし一〇によれば、原告が治療のため通院に要した交通費は請求原因4(一)(4)のとおり合計金二万二七七〇円と認める。

2  慰謝料 金四二〇万円

(一)  入・通院慰謝料金九〇万円

本件事故の態様、原告の年齢、傷害の部位・程度、治療の経過、その他一切の事情を考慮すると金九〇万円とするのが相当である。

(二)  後遺障害による慰謝料 金三三〇万円

原告の前認定の後遺障害の程度、年齢及び後記原告の逸失利益算定困難によりこれを補完すべき要素等諸般の事情を考慮すれば金三三〇万円とするのが相当である。

3  原告は後遺障害による逸失利益についても請求するので判断するに、前認定の原告の後遺障害は主として外貌に醜状を残すものであり、従として右中指末関節の屈伸不能及び同部位に線状瘢痕指爪変形をのこすものであるところ、一般に右の態様の障害は直ちに労働能力喪失に結びつくものと断定できず、ただ障害の程度、障害者の年齢、職業等によつてはこれを認定すべきものと考えられる。これを原告についてみると、その外貌の醜状は瘢痕からなるが幸いその面積はせまく、色合いも薄く、あまり目立たないものであり、指の障害も末関節部に限られ、原告が五歳の幼女である等の点からみると十数年後から老年にいたるまでの逸失利益を算定することは困難というほかなく、右主張は採用できない。しかし、原告が将来右年齢に達したときに右各後遺障害がのこり、選択すべき職種が限られるとか、婚姻をはじめとする諸々の社会生活上の何らかの不利益が生ずる可能性をまつたく否定できずその不安は現在の心理的苦痛として評価し、前記の後遺障害の慰謝料算定にあたり十分斟酌すべく、これをもつて足りるとするのが相当である。

以上認定の総損害額は金五五六万四八〇六円となる。

三  そこで被告の過失相殺の主張について判断する。

成立に争いのない乙第一号証、前記辻征夫の供述及び被告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)を総合すると次の事実を認定でき、被告本人の供述中右認定に反する部分は乙第一号証に照らし措信できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

1  本件事故現場は南東から北西に走る幅員約四メートルの道路(以下本件道路という。)であり、その右側には三軒の庭付きの人家が並びその先は空地(以下本件空地という。)続いてすし店の駐車場があり、左側は本件空地に対応して一軒の人家があり、そのほかは空地である。

2  本件事故当時右の右側の三軒の人家の中央の人家の前付近の本件道路上に南東に向け一台の自動車が駐車し、かつ人家の庭先に樹木があつて、南東から北西に向けて走る自動車からは本件空地から本件道路へ通ずる部分の見通しは悪かつた。

3  被告は被告車を通転し本件道路を南東より北西に向け時速約三〇キロメートルで進行し本件空地に近づきつつあり、原告は本件空地から本件道路に向け走り出しつつあつた。

4  被告は原告が本件空地から本件道路に出てくる姿をその手前約六・五メートルで発見し急ブレーキをかけたが間にあわず、本件道路の中央付近で被告車の前部を原告に接触させて転倒させ、そのうえを通過し、更に約四メートル走行して停止した。

以上の認定事実によれば、原告には本件道路に走り出てこれを横断しようとした不注意があり、本件事故発生の原因となつたことを否定できない。しかしながら、本件道路は幅員が約四メートルという狭い道路であり本件事故現場付近には人家があり原告のような幼児等が飛び出してくることは十分予想しえたのであり、更に本件空地から本件道路に通ずる部分は前記駐車中の自動車及び樹木のかげとなつて見通しは悪かつたのであるから、被告は自動車の運転者として右事故の発生を予測してこれに対処する注意をしかつ対応できる速度で進行し事故の発生を未然に防止する義務があるのに、これを怠り慢然と被告車を時速約三〇キロメートルのままで走行し、原告を発見した時は急ブレーキをかけても間に合わずに接触し、かつ原告のうえを数メートル通過してしまつた重大な過失があつたというべきである。以上本件事故現場の状況、右事故の態様、及び本件事故が自動車対四歳の幼児との間の事故という点等を考慮し、過失相殺として一五パーセントの割合で減額するのが相当である。

右の結果以上の損害賠償額は金四七三万〇〇八五円(円以下切捨て)となる。

四  そして、抗弁2記載のとおり本件事故による損害の填補として被告から原告に対して合計金三四四万二〇七〇円支払われた事実は当事者間に争いがなく、前記過失相殺後の原告の損害額から右争いのない損害填補額を控除すると金一二八万八〇一五円となる。

五  おわりに弁護士費用について判断するに、弁護の全趣旨によると、原告が原告訴訟代理人に本訴の提起・遂行を委任したことが認められ、本件事案の難易、審理の経過、認容額その他諸般の事情を併せ考えると、本件事故と相当因果関係にある損害として請求できる弁護士費用額は金一五万円と認めるのが相当である。

したがつて、原告の本件事故に基づく総損害額は金一四三万八〇一五円となる。

六  以上によれば、原告の本訴請求は金一四三万八〇一五円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五七年一月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浅野達男)

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